« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

2011年12月10日 (土)

「涼宮ハルヒの消失」前後のタイムラインの詳細

涼宮ハルヒ・シリーズの「涼宮ハルヒの陰謀」プロローグで、古泉が、「涼宮ハルヒの消失」前後の時間と世界の流れ・時空改変の様子を図に描いていた。しかし「そんな、単純な話じゃなかっただろう?」と、私なりに図を描いてみた。原作はすでに「驚愕」もとっくに出ているので、今更こんなネタ出しても手遅れだろう、とは思うが、せっかく図を描いたので、アップしてみる。一応、キョンから見た概要のつもりではあるが、もしかしたら間違えているかもしれない。(うっかり、古泉の描いた図と左右逆に描いてしまった。)

Shoushitu_timeline_3

★印: 謎のカタストロフィー(時期不明。涼宮ハルヒ中1時代らしい)。未来人から見ると、この時点以前の過去に戻れない異常。情報統合思念体から見ると、ハルヒから謎の情報流出観測。一種の超能力者が各地に出現。その一部は、このときにハルヒが世界を創造したと考える。
★~A: 長門や「機関」誕生(キョンは知らない)、中3のとき佐々木と知り合う。北高入学。
A:涼宮ハルヒとの出会い(高1の4月)
B:SOS団結成(5月)5人集結、コンピ研からPC略奪してSOS団webサイト作成、朝倉に殺されかけるなどなど。
C:涼宮ハルヒが、新しい世界(閉鎖空間?)を造ってしまう。(6月)
C':強引に元の世界に帰る(もしかしたら、再創造された世界かもしれない)
C'~D:草野球で、強豪相手に1イニングで9点差を逆転する、など(6月)
D:朝比奈により、中1のときの七夕にタイムトラベル(7/7)
D':中1の七夕時点に到着。朝比奈(小)の背後から朝比奈(大)が
E:中学生の涼宮ハルヒと出会う。東中校庭に模様を描く。
F:長門邸で時間を止めてもらって未来へ。
F':高1の七夕で目覚める。
F'~G:カマドウマと遊んだり、孤島で夏休み合宿などなど。
G:夏休み最後の2週間を1万5千回以上繰り返す。
G~H:体育祭、自主映画作成(図では省略したが、世界が部分的に変えられて、戻された模様。完全に元に戻ったかどうかは不明)、文化祭、コンピ研とゲーム対戦などなど。九曜もH時点以前に誕生しているはず。谷口、九曜と付き合いだす(1ヶ月で別れる)。
H:「消失」で世界が改変される(12/18)「陰謀」プロローグで言う「X点」
H':改変終了。キョンの記憶を除いて、大幅に世界が変わる
I:元の長門の用意した緊急脱出プログラムで、過去に戻る。12/20?
I':中1七夕時代に戻る
J:長門に世界再構成方法を教わった後に、TPDDで高1の12/18へ
J':世界改変直前に到着。H→H'を再体験。
K:世界再改変しようとしたら、朝倉に刺される。意識を失う。
L:世界再改変された時点で、階段落ち。12/18。「陰謀」プロローグで言う「X'点」。X'点によって、X点が書き換えられた模様。ただし、捏造された点かもしれない。
M:病院で目覚める。12/21
N: 雪山で、天蓋領域からの謎の干渉により、意味不明の洋館に閉じ込められる。別世界だったかもしれない。
O~O': キョン、Nの体験により、グズグズしてはいけないと、歴史を確定させるため、朝比奈さんと長門さん共に、またまた長門が時空改変する直前のO'に戻る。
K: K点を再体験、朝倉さんに刺される自分自身を目撃。
P: 消失世界を、再改変。
P': 「陰謀」プロローグの時点に戻る。古泉、自分もタイムトラベルしたいらしく、薀蓄。図を描いてX点が2重に存在するなどなど考察する・・・が、やはりもっと複雑の模様。

以後、「陰謀」の朝比奈さん2週間前に戻るなど。さらに、「分裂」「驚愕」で、本格的に世界が分裂する。

図を描いてみて、一番気になるところは、C~C'の、ハルヒがこの世界を否定してキョンのみを伴って新しい世界を創ってしまう部分だ。ここで元の世界に戻らないと、この消失前後の図自体が崩壊してしまう。
また、この新しい世界を創ったとき、元の世界には長門宅で時間凍結して眠るキョンと朝比奈さんがいるわけで・・・もし元の世界に戻れなかった場合に、この眠っていたキョンたちはどうなるのか?という根本問題があることがわかった。

2011年12月 1日 (木)

勘弁してください。お医者さん

前回、プロの医者に対して、プロとは言えない(もっと過激な表現で)人に会ったと書いたのだが、これだけでは単なる中傷誹謗になってしまう。また、私の勘違いだったことも否定できない。やはり事情を書く義務があるだろう。以下のような医師に診察されたことがあるのだ。

  • 神経科医A
    私はその頃、ある精神医学関係の本で、うつ病の人を医師が診察するのに一番困ることは、本人が自殺したいということをなかなか言わないことだ、とあるのを読んだ。自分がうつ病かどうかは分からなかったが(というか、たぶん違うだろうと思っていた)、自殺衝動がある場合は、医師に言った方がいいのだな、と了解した。
    そこで、医師Aに自殺衝動があることを告げたところ、医師はいきなりびっくりした顔をし、「物騒なことを言うな!」と怒鳴り始めた。
    怒鳴ることも困る(うつ病の人だったら、それで自殺するかもしれない)のだが、それ以前の問題として、患者が自殺衝動の話をしたときに驚いてはいけないはずである。
    うつ病に限らず、心の病では自殺衝動が起こることは非常に多い。医者の看板を立てるなら、自殺願望を持つ患者が沢山来るだろうということを、あらかじめ覚悟してもらわないと、こっちも困る。まさか医者が驚くとは思わなかったので、驚かそうとしたわけでもない。「死ぬ」と言ったわけではなく「自殺衝動がしょっちゅう出て、苦しくて困っている」といいたかっただけなのだが。
    例えば、胃潰瘍か何かで多量の吐血をしたとする。それを普通の人に話したら気分を害する人がいるかもしれない。しかし、内科医には話すべきだ。そして、それを聞いて、驚いて「物騒なことを言うな!」と怒り出す内科医はいない。普通はそれを診断のデータとするだろう。
    その他、この医師の話を書きはじめたらきりがない。医師Aに「軽い薬だから」と処方された薬を、(あまりにもおかしいので、医師Aの治療を止めた後)住まいの近所の薬屋さんに見せたところ、驚いた顔で「こんなの飲んで、頭、痺れませんでしたか!?」とあわてていた。痺れはしなかったが、そういえば、医師Aにかかる前は恐怖以外の感情もあったのだが、医師Aにかかった後は恐怖以外の感情が消えてしまって恐怖だけが拡大していた。
    昔から、毎日酷い恐怖にかられてはいたのだが、医者にかかった後は、さらに酷くなり、発作的に腹の底から恐怖が沸き起こって、路上だろうと会社の中だろうと叫び声が出て止まらない症状が出るようになった。
    また、立つ気力が無くなって、場所を問わずにぶっ倒れることも多くなった。1度は通院の病院を出た後に倒れてしまったのだが、真っ暗な夜で自動車も通る道で雨もふっていたから、運が悪ければ車に轢かれるなどで死んでいたかもしれない。
    今、考えると、明らかにこの医師は私の話をまともに聞いていなかった(聞いてるふりさえしてなかった)のに、8年ぐらい(?)我慢して通っていた。確かに、私の頭はおかしかったなあ、と思う。
  • 神経科医B
    Aへの通院を止めた後も、毎日が苦しくてたまらないので、「もしかしたら、カウンセリングをしない医者だったから駄目だったのかもしれない」と電話帳でそういう医者を見つけて、電車を使って(場合によっては新幹線)往復1時間半ぐらいの病院で医師Bのカウンセリングと診断を受けた。「心の病気の人は、いきなり怒り出すことが多いですね」と言う人で、変なことを言う人だな、とは思った。3ヶ月(?)ぐらいだったか、Bは「それで、あなたの悩みは一体何ですか?」と訊かれてしまった。3ヶ月かかって訴えたことが悩みなんだが。何かおかしいな?と思ったら、あるときから、医師Bは急にあわてだし、「あなたの言っていた症状は本当でしたね!次回も絶対来てください」と態度が急変した。何かのきっかけがあったのだろう。とはいえ、私の訴えが本当でなかったなら、一体なんだというのだ? ヨタ話をするためにこんな長距離を通っていたとでもいうのだろうか? 交通費も馬鹿にならないのだ。
    それでも、不満は出てきたが、まあ私の話をやっと本気で聞いてくれるなら、と次回も通院したところ、「不安神経症(今はこういう言葉はあまり使わないが)などというのは、ちょっとした感情の混乱に過ぎないのですよ」と言い出した。
    これは事実と異なる。ちょっとした感情の混乱でこの長距離通院をしていたとでもいうのだろうか? そもそも、そんな簡単なことなら、2~3回の通院で完治して欲しい。風邪をひいて内科医にかかれば3日ぐらいで治る。
    「この(病気の実態を理解していない)医者にかかっていたら、殺されてしまう!」と恐怖にかられ、通院不可能となった。これでは、患者がいきなり怒り出すのも当たり前なのだが。
    この後、世の中に信じられる人間が一人もいなくなり、毎日が24時間パニック状態の生活となった。この頃の生活の記憶も混乱しまくっている。
    確か、周りの人間が皆私を殺そうとしている、という妄想も出るようになった記憶がある(ただし、心の1%ほどが「いや、私を殺す殺人計画を立てる理由は周りの人にない。これは私の妄想に違いない」という囁きがあったのだが。)
    その後、いろいろあって、やっと本物の医者C様に出会った。このお医者さんのお陰で、本物の医者とはこういうものだ、と分かった。症状は持ち直したのだが、残念ながら、転勤で引越しせざるを得なくなり、治療は別の医者Dに受け継がれた。医師Dは普通の医者だったが、医師Cほどの腕はなく、また症状悪化。(とはいえ、医師Dは普通のまともな医者だったので、文句を言うつもりはない。)

まだまだ、不思議な医師との出会いは続きます。

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »