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2015年5月21日 (木)

素人が芦部「憲法」を読んでみた (7) 立憲主義と現代国家──法の支配

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第一部 総論 > 第一章 憲法と立憲主義

五 立憲主義と現代国家──法の支配

立憲主義思想は法の支配(rule of law)と密接な関係がある。

1 法の支配

発生: 中世の法優先の思想。

専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し、権力を法で拘束することによって、国民の権利自由を擁護することを目的とした原理。

現在、法の支配の内容として重要なもの:

  1. 憲法の最高法規性
  2. 権力によって侵されない個人の人権
  3. 法の内容・手続の公正を要求する適正手続(due proccess of law)
  4. 権力の恣意的行使をコントロールする裁判所の役割に対する尊重

など。

2 「法の支配」と「法治国家」

戦前のドイツの「法治主義」「法治国家」との違い:

(一) 民主的な立法過程との関係

法の支配では、

立憲主義の進展とともに、市民階級が立法過程へ参加することによって自らの権利・自由の防衛を図ること、したがって権利・自由を制約するする法律の内容は国民自身が決定することを建前とする原理であることが明確になり、その点で民主主義と結合するものと考えられたことである。

(第五版 p.14、強調ブログ主).

戦前のドイツの法治国家(Rechtsstaat)の観念は

もっぱら、国家作用が行われる形式または手続きを示すものにすぎない。

民主主義と結合するとは限らず、どんな政治体制とも結合しうる。

(二) 「法」の意味

法の支配での「法」: 内容が合理的でなければならない。人権の観念とも固く結びつく。

法治国家での「法」: 内容とは関係ない形式的な法律。

ただし、戦後のドイツではナチズムび経験と反省に基づいて、違憲審査制が採用され、その意味では、形式的法治国家から実質的法治国家となり、法の支配の原理とほぼ同じ意味になっている。

3 立憲主義の展開

(一) 自由国家の時代

近代憲法に実定化された立憲主義→19世紀「自由国家」の下で進展。

個人の自由意志に基づく経済活動が広く容認

国家は経済的干渉も政治的干渉も行わずに、社会の最小限度の秩序の維持と治安の確保という警察的任務のみ。

自由主義国家、消極国家、(軽蔑的な意味で)夜警国家、と呼ぶ

(二) 社会国家の時代

資本主義の高度化にともなって、富の偏在、労働環境劣悪化、独占グループの出現。

→ 国家が、一定の限度まで積極的に介入し、社会的・経済的弱者の救済に向けて努力が必要となった。

社会国家、積極国家、福祉国家、などと呼ぶ。

行政権の役割が飛躍的に増大。

考察

ここで、行政権の重要さが出てくるのか。

4 立憲主義の現代的意義

(一) 立憲主義と社会国家

立憲主義: 国家は国民生活にみだりに介入すべきでない、という消極的な権力観から。

→ 国家の社会への積極的な介入を認める社会国家思想と立憲主義は矛盾しないか?

立憲主義の本来の目的は、個人の権利・自由の保障であるから、このふたつは両立する。

考察

これは難解だ。両立する、とは言っても、自動的に両立するわけではなく、対立しやすいことは確かだろう。国家が介入しないかするか、の問題だから。

自由権と社会権との関係につながる話だと思うが、社会権は個人の自由・権利を守るために国家に積極的な介入を求める『国民の権利』だが、これは「国家が個人に積極的介入ができる『国家の権利』」に化けやすい (少なくとも、国民のメンタリティから言って日本では)。こうなると両立どころではない。

この社会権の変質を食い止めるために、自由権の存在価値はむしろ強くなったのではないか? 社会権の名目で、自由権の侵害になるまで国家が介入するのを防ぐために。

(二) 立憲主義と民主政治

立憲主義と民主主義の緊密な結びつき:
  1. 国民が権力の支配から自由であるためには、国民みずから能動的に統治に参加する民主制度を必要とする。
    当然、国民が政治に無関心となった状態では、自由は保障されないわけだ。
  2. 民主主義は、個人尊厳の原理を基礎とするので、すべての国民の自由と平等が確保されてはじめて開花する。

民主主義は単に多数者支配の政治を意味せず、実をともなった立憲民主主義でなければならない。

立憲主義が成立するためには民主主義が必要で、民主主義が成り立つためには立憲主義が必要だ、ということだな。Rikkenminshu

自由と民主の結合は、近代憲法の発展と進化を支配する原則。

戦後の西洋型民主性国家:「民主的法治国家」→「法治国家的民主主義」。

注釈として、民主主義は自由主義を必要とすることが書かれている。

考察

立憲主義と人権、自由、法の支配、などなどが有機的に見事に関連しあっている。

しかし、やっかいなことに、人間は口では「自由が欲しい」と言いながら、自由を怖がる傾向も強い。全部自分で決めなければいけないのはしんどいし。

また、「自由」と言う言葉で「わがままを通す」という意味に捉えることも多い。この言葉が何を意味するのか、が人によって解釈が違ったりする。

また「個人の尊厳」という言葉も、日本ではまだ共通認識には程遠い(戦後70年たってもなおそういう状況)。少なくとも、個の確立には「自分と同じ人間は二人といない」ということの認識が必要なので、非常な「孤独」を伴う。人間は孤独になるぐらいなら死を選ぶことも多い。自分の個によって他人から否定される恐怖というのも非常に強いものがある。人に頼る法が楽。

これらの問題の解決がないと、この立憲主義とそれに関係の深い原理が働かなくなる可能性はある。

これは、法学を全く知らない素人が、芦部信喜他「憲法」(第五版) (憲法関係だけでなく、法学全般で持っている参考書が基本的にこの本だけ。六法全書も持っていない)を読んで考えたことが記されています。

愚痴

専門家には初歩の初歩で、素人的勘違いもあるでしょうが、為政者の中に芦部信喜教授の名や立憲主義を知らない人々がいるというのでは、素人であっても勉強するしかない。ブツブツ。何て時代だ。

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