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2016年8月 4日 (木)

ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」を読んでみた(4)

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ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」

第3章 からはじめたので、第1章からあらためて読みます。

第1章の中心的なテーマは、「独裁体制に暴力で対抗することは正しいか?」これは道徳とか合法性の問題でなく、現実の効果などの話である。そして、それは危険であり、逆効果の可能性が非常に高いことを述べている。また、選挙外国からの援助に頼るのもよくない。

考察:

日本人の多くの人々が非暴力という言葉を「暴力はいけません」等の道徳的意味とか「法律違反はいけない」というような情緒的な意味合いでしか受け取っていないことに非常に危機感を覚える。非暴力不服従非協力、というのは抵抗運動の現実的な効果や仕組みがあるのだ。そして、それは非常に強力な精神力が必要である。生半可なものではない。

第1章 独裁体制に直面することの現実

近年、様々な独裁体制が民衆の運動によって弱められたり、時には崩壊している。
独裁体制はあまりにも巨大で難攻不落に見えるが、民衆が一致団結して政治的・経済的・社会的な抵抗を行った場合、体制を支えきれなくなることがある。

  • もちろん、独裁体制が倒れたからといって、悲惨な沢山の問題が解決するわけではない。しかし、独裁体制による苦しみからの軽減はある。

困難は続く

他方、いまだに独裁体制に苦しんでいるところが多数ある。何十年、何百年の抵抗でもまだ抑圧に耐えている国は多い。

  • 民衆は権威者・統治者に無条件に服従するよう長年調教されてしまっている。
  • 極端な場合は、統治者の管轄外のグループや機関は完全に骨抜きにされ、支配され、乗っ取られる。
  • 国民は分断化、原子化(孤立した個人にされてしまう)され、自由を勝ち取る活動や、国民同士の互いの信頼もできなくなり、自分たちの主導で何かを成し遂げることもできなくなる。
  • 国民は弱体化し、自信を失い、抵抗を考えることすらできなくなる。家族や友人との間でさえ自由への渇望や独裁体制への嫌悪をわかちあうこともできなくなる
  • 過去にはまだ、抵抗する人々もいたであろうが、結果はかえってより苦しみをもたらすことが多く、現在はより悲惨な状態かもしれない。民衆の恐怖感と従順癖を克服できなかったからだ。

民衆の順癖と恐怖感を克服することが、独裁体制を打倒するための前提条件であるにも関わらず。

暴力を通して自由は得られるか?

どうしたらいい?

いくら正当性を訴えても、憲法、法律上の違法性、司法の判決、世論などはたいてい独裁者に単純に無視される。

そうなると、独裁政権の残虐行為に怒る人々は暴力的な方法を使うしかない、と人々が結論するのは自然なことである。しかし、実際の結果は期待と正反対のことになる。

どんな形であれ、暴力的な反撃は独裁体制にとってもっとも有利な闘いを選んでしまった、ことになる。

考察:

要するに、暴力を使った抵抗は独裁体制の土俵に自ら登ってしまうことだ、とも言えるだろう。何度も強調しなければいけないのは、これは道徳や合法性の問題ではない、ということだ。(勿論、違法な手段を使うと独裁体制に弾圧の口実を与えるのでよくないとは言えるが)。

  1. 暴力について言えば、独裁者の方が圧倒的かつ桁違いに大きな戦力を持っている。まず勝ち目はない
  2. 軍事的反抗が非現実的だと分かると、ゲリラ活動に活路を見出そうとする場合も多い。しかし、やはり戦力の差などが大きすぎ、長期化し犠牲者も増え、新たな苦痛が生まれるだけで、どういう意味でも良い方法ではない。
  3. 仮にゲリラ活動で勝利を収めたとしても、民主化に必要な独立した機関その他を弱体化解体化し中央集権的にして、反対制行動のリーダーがより残忍な独裁者になることも多い。

考察:

当然のことながら、暴力革命など暴力を使った反抗が失敗すれば、独裁体制はそれを名目として更なる残酷な弾圧や抑圧を強めることになる。その意味でも、暴力的な方法は逆効果になる。

従って、別の方法を考えなければならない。

クーデター、選挙、あるいは国外からの救世主

  • Q. 軍事的クーデターで対抗するのはどうか? これなら短期間で効果的ではないか?ーーA.深刻な欠点がある。最大の欠点は、独裁体制の権力構造を温存してしまうこと。つまり、独裁体制の統治構造は同じなままなので、たとえ勝ったとしてもクーデターのリーダーがより残酷な独裁者に変わってしまうことが多い。人が変わるだけ。
  • Q. 選挙で独裁者を追い出せないか? −−A. 不可能だ。選挙そのものが独裁体制の思惑通りの結果になるように不正操作されるだけのこと。万が一選挙で反対制側が勝っても、独裁者に単に無視されたり、抹殺されるだけ。独裁者は自分の立場を危うくする選挙などに興味はない。利用できるときに利用するだけ。

独裁体制から何とか逃げ出した亡命者たちは、自分たちの力で独裁体制を何とかできるなどとはまったく信じることができない。そこで、国際的な援助のみが独裁体制を崩す方法だと信じるようになる。

期待する外部の力: 国際的世論、国連、特定の国家、海外からの経済的・政治的制裁など。

慰めにはなっても、現実は非情である。

独裁体制下での民衆は、残酷な独裁者に対抗する力が自分たちにあると信じることがほとんどできない。また自らを救う手筈の持ち合わせもない。当然、闘う気力も持てない。だから、解放の力を外部に求めるのも無理はない。しかし・・・

外部からの「救世主」に頼ることの危険

外部の救世主に頼ることは完全な間違いかもしれない。大抵の場合、海外からの救世主は現れない。もし他国からの介入があったとしても信頼すべきではない

他国の介入を信頼した場合の危険性:

  • 他国はその他国の利益のために、独裁政権を黙認したり、更には積極的に支持する場合がある。
  • 他国はその他国の利益など他の目的のために、「自由化してあげる」という約束を反故にして、民衆を売り渡すかもしれない。
  • 他国は、単にその国の支配利益などのためだけに独裁体制に歯向かうことがある。民衆のためではない。
  • ただし、他国は、国内の抵抗運動が独裁体制を揺るがしたり、その兆しが見えた場合には、前向きな介入をすることもある。政権の残忍な性格に海外が注目を集めるのを意識して、はじめて介入するもの。

独裁体制が存続する理由は、国内での権力配分にある: 民衆は弱い立場で、富と権力は僅かな勢力の手の内にある。海外からの介入で一時的に揺らぐこともあり得るが、国内の構造が原因である限り内因を変えない限り存続するもの。

国際的な圧力が常に役に立たないわけではない。

国内での抵抗運動がある場合には、国際的な圧力は非情に効果があることが多い。

国際的な経済ボイコット、通商停止、国際的組織からの追放、国連関連組織による非難などなどは大きな力になる。ただし、国内に強力な抵抗運動がないとそういう動きが起こることは考えにくい

厳しい現実を直視する

現実は甘くない。独裁体制から逃れたいのならば、最低限次の任務に取り組む必要がある。

  1. 抑圧された民衆自身の意思や自信、抵抗技能を強化する。
  2. 抑圧された民衆が関わる独立した社会グループや機関を強化する。
  3. 国内での強力な抵抗勢力を築く。
  4. 解放のための全体戦略計画を練り、それをうまく実行する。

 

 強力で自助的な勢力が賢明な戦略を手に、修練された勇敢な行動を起こし、純粋な力をもって向きあえば、独裁体制は崩壊する。ただし、最低限上記の4項目は必須である。

 

独裁体制からの自由化は、究極的には人びとが自らを解放できる能力にかかっている。

 

ただし、その詳細に入る前に、「独裁体制との交渉」という手段の効果について吟味しなければならない。これは重要である。

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