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2017年6月27日 (火)

自由権、参政権、社会権−素人の備忘録

基本的人権は大きく3つに分類できる。

  1. 自由権---「国家からの自由」。国家が個人の領域に対して権力をカサに来て介入して個人の自由な意思決定と活動を侵害することはない、ということを保障する人権。人権保障の確立期から人権体系の中心をなしている重要な権利である。
    • 精神的自由権
      • 内面的な精神活動の権利(思想の自由、信仰の自由、学問研究の自由等)
      • 外面的な精神活動の権利(宗教的行為の自由、研究発表の自由、表現の自由等)
    • 経済的自由権
    • 人身(身体)の自由
    もちろん、これは「国家が必要ない」という意味ではない。
  2. 参政権---「国家への自由」。国民が国政に参加する権利。
  3. 社会権---「国家による自由」。社会的・経済的弱者が「人間に値する生活」を営むように、国家の積極的な配慮を求めることのできる20世紀以後に認められた権利。
    考察:正当な努力をしても不当な貧困等があれば、国家はそれを救済する努力の義務があることになる。現代民主主義国は「自己責任の国」ではない。働きたくても働けないなどの場合は国家が救済努力することを義務付ける。もちろん国民が弱者を叩いて憂さ晴らしをするような民度の国ではうまく機能しない。
    これは憲法の規定を直接の根拠として権利の実現を裁判所に請求することのできる具体的な権利ではない。具体的権利となるためには立法による裏付けが必要。(私はそのような立法を国民が要求する性格があるということ、と解釈している。)

自由、自由、と連呼するが、これは私欲によって何でもかんでもやってよい、という意味の自由とはいえないだろう。12条等。むしろ、個人個人の才能を開花させる(学問でもスポーツでも芸術でも、どんな分野でも)ことによる社会全体の可能性を最大限に高め、それによって福祉も享有できるようになること。また、そもそも人間は健全な人間に成長するためには、権利・自由の保障が必要だということ。また、人間は間違いを侵すものだから、間違える自由も認められなければならない(その結果犯罪になるのは好ましくないので、制限は必要だが)、などの意味があるだろう。

もちろん、他人の人権を害する行動は禁じられなければならないので、権利・自由と言っても無制限に認められるわけではない。ただ、明治憲法下で法律の留保によって根拠なく人権を侵害される歴史があったため、公共の福祉という言葉の意味はできる限り人権のぶつかり合い以外の原理を使わないように吟味されているようである。

政府によるBPO介入などは、精神的自由権の侵害と考えられる。二重の基準論では違憲審査のとき精神的自由権の審査は経済的自由権の審査より厳格に行われる原則がある。これは精神的自由権は非常に大事ということなので、その侵害は重大な問題と考える。

人権の相対性

基本的人権を分類する、というとき、杓子定規に(あるいはドグマ的に、絶対的なものとして)考えてはならない。例えばある権利が自由権、参政権、社会権のどれかにきっちり収まるなどと考えてはならない。

知る権利」は、情報を受け取ることが妨げられない、という自由権的な側面も持つが、情報の公開を請求するという社会権、国務請求権という側面ももつ。

教育を受ける権利生存権は社会権と見なされるが、同時に公権力によって不当に制限されてはならない、という自由権的な性格ももつ。

自由権と社会権との関係

自由権は国家が余計な干渉をするな、という思想・性質をもつが、社会権は国家に積極的に関わらせる(具体的請求権ではない)思想・性質をもつ。このふたつは質が異る。

あまり、社会権の思想を重大視しすぎると、人権の分類が相対的でもあるし、自由権の領域にまで国家が介入するおそれがある。従って、現代においても「国家からの自由」が根本とすべきである。

考察:

自由権と社会権は共立可能ではあるが、ぶつかることも多いと思う。性質が全く異るのだから。気をつけなければならないのは、社会権が出たことで行政の役割が大きくなった、ということは行政府の権力も増大したということだ。もし、自由権と社会権がぶつかる場合は原則として自由権を優先しなければならない、ということになると思う(もちろん、原則論だから、現実の個々の事例では専門家が念入りに吟味し、憲法や法律の具体的意味を積み重ねる必要があるだろう。そこは素人の私では分からない)。
行政府の権力が相対的に強くなっている、ということは、国民はより賢くなり、自由権の価値を見失ってはならない、と思う。

芦部他「憲法」(第五版)pp.83-85 を主な情報源としている。

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