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カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2017年9月 1日 (金)

ナチスの手口が使われているのではないか?という「陰謀論的」思考は必要だ。

どうも、日本人の多くはナチスの脅威について過小評価しすぎるようだ。

アソウ副総理は「ナチスの手口に学んだらどうか」と失言し、学校の教材にヒトラーの「我が闘争」を用いることが可能とか、堀江氏がTVでヒトラーによく似た人物の描かれているTシャツを着たり。最近ではまた麻生副総理がナチスを引き合いに出して「いくら動機が正しくても、結果が悪ければ駄目」とか発言した。

世界、特に自由主義陣営にとってはこれは看過できない問題だろう。

第2時世界大戦直後から、#基本的人権 や #立憲主義 #国民主権 などの概念が急速に進化した。以前からこれらの概念は発達していたのだが、ナチズムやファシズムの台頭のために考えなおさざるを得なくなったのだ。

アドルフ・ヒトラーは、当時世界で最も民主的と言われたワイマール憲法下で(少なくとも見かけ上は)「合法的に」独裁者になった。

つまり、「形式的な合法性」では民主主義国を維持できないことが証明されてしまったのだ。これは世界を震撼させるに十分だ。

近代的な基本的人権はロックやルソーなどの思想を元に行われた18世紀末の市民革命からだろう。そこでは、自然権としての考えが色濃くあった。

しかし、19世紀には自然権的な思想は衰退していった。ヨーロッパ諸国にも人権保障を含む憲法が普及したがどちらかというと人権より「国民権」に近いものだった(外見的人権)。これは

  1. 合理主義思想や社会主義思想が発達し、自然権思想にとってかわったこと、
  2. 議会制が成立して議会(法律)による権利の保障という考え方が有力になったこと、
  3. 法学の対象を実定法に限定して、自然法的なものや政治的なものを排除して実定法の論理的解明を狙いとする法実証主義が広まったこと

などによる。

ところがヒトラーはそれでは不十分であることを証明してしまったため、初期の自然権的な人権思想が見直されることになる。

基本的人権は「人間が人間であることに基づいて論理必然的に享有する権利」という見方が一般的になった。

また、従来の「法律による権利の保障」が「人権は法律によっても侵害されてはならない」という「法律からの保障」が強調されるようになった。

これは立憲主義の考え方そのものも大きく変わった事を意味する。

さらに、基本的人権の保障は、国家の国内法による保障だけでは不十分と、人権を国際的に保障する動きが活発になった。

(情報源:芦部「憲法」(第五版)pp.76−79)

ナチスの出現は世界全体の構造まで変化させてしまったのである。

2度とナチスの悲劇を繰り返してはならない、というのが世界の常識である。

これを理解しないのは犯罪的と見なされるだろう。

実際、現行日本国憲法にも「ナチスの悲劇を繰り返さない」ための智慧が盛り込まれている

国民主権の原理、基本的人権の保障と憲法がこれを根拠にしていること、立憲主義の明確化(国民から公権力への命令の形が含まれている)。

特に注意すべきは現行憲法の13条だろう。

すべて国民は、個人として尊重される。

で始まるこの条文は「現行憲法の中でもっとも重要な条文ひとつだけ取り上げるとしたらどれか?」という答えは第13条である、という程重要な条文である。(法の「形式的な意味」だけでは独裁者の出現は防げないので実質的意味も考えなければならない。この実質的意味を考えるとこの条文が最も重いことになる。)

これは個人の尊厳の原理とも言われる。(個人主義とも言われるが、これは日本では利己主義と混同されやすい。まったく違うものなのに嘆かわしい。)

これは新しい人権などの根拠にもなる大事なものだが、ナチズムに対抗する意味もある。個人の尊厳の対極は「全体主義」だからだ。全体主義に対抗する機能も持ち合わせている条文だと言える。

従って、日本国の国民が基本的人権、国民主権、立憲主義、憲法の仕組みなどを十分理解しているならば、第2のヒトラーの出現など怖れるに足らない。そんなものは排除する仕組みがあるのだから。

またナチスの悲劇の恐ろしさを国民が理解していれば、「ナチスの手口に学んだら」などと発言する政治家は一瞬で政治生命を絶たれる筈なので、そんな気は起こさない筈だ。

とはいえ、そのような発言をする政治家が現役でいられる国となると話は違ってくる

現在、自民党憲法改正草案(これが改憲案としてそのままならないにしても、この考え方で改憲案が出るだろう)では、最高法規の一番最初にあって人権保障および最高法規性の実質的根拠となる第97条も削られている

憲法の基本的人権保障の後退は、封印できた筈の第2のヒトラーの出現の可能性が出てくるということだ。

さらに、第13条の「個人として尊重」が「人として尊重」に変わっている!

indivisualとpersonでは大きな違いがある。この違いだけで憲法の性格が全体主義的になってしまう。さらに幸福追求権も狭まるおそれが強い。

そして、前文の「日本国民は」が「日本国は」に書き換えられ、草案102条によって国民に憲法尊守義務が課せられる、ということは立憲主義が破壊されるということだ。(Q&Aには立憲主義を否定するものではない、と書いてあるが、この条文があるだけで立憲主義は機能しなくなる)。

他にも、ナチスの悲劇を繰り返さない仕組みがほとんど全部破壊されている

この草案は公開されている。それなのに国民は無関心である。

そうなると、本当にナチスの手口は実行可能である。あまりに異常な出来事だ。

実際に実行されているか?という絶対的な証拠はない。しかし、こういう場合は最悪を想定するべきである。実際にはどうであろうとも、ナチスの手口は実行されている最中である、という「前提」で物事を考えることはこの異常事態では大事になってくる。

日本がナチスの悲劇を繰り返したりしたら、世界は日本を許さないだろうから。

2017年8月 7日 (月)

ヒトラーTシャツの何が問題なのか? − ヒトラーは戦争反対の平和演説を実際にした

7月12日、NHKの生放送で、実業家の堀江貴文氏がヒトラー風の人物が「NO WAR」と言っているTシャツを着ていた。

これに対し、人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(「ユダヤ人団体」と紹介されたし、確かにユダヤ系のようだから反ユダヤとも戦っているだろう。しかし、この表明は人権団体としての発言だ)が7月13日に表明 を出した。

“We note Japan Public TV’s apology, but we don’t need more apologies but basic education for the Japanese people about the veils of Nazism,” Cooper concluded.

同センターのエイブラハム・クーパー副所長は「これ以上謝罪は必要ない」「日本人の人々にはナチズムに関する基本的な教育が必要だ」と述べた。

これはかなり痛烈な言い方だ。

堀江氏はこのTシャツの人物はピースマークを付け、「NO WAR」と叫んでいるのだから「反戦」の意味にしか見えないだろうと反論した

しかし堀江氏のTシャツのヒトラーに似た人物はあまりに大きく描かれている。番組中は「NO WAR」という文字がほとんど見えない。センターも「反戦の意味だ」と言われても到底容認できるものではない、と言っているのだろう。

しかし、私はさらに大きな問題があるのではないか?と考える。

1933年5月16日、ルーズベルト米国大統領が軍縮会議の継続を求めるアピールを、四十四ヵ国の元首に送った。

すると翌日の17日に、ヒトラーは大平和演説 を行って「ドイツは、たとえ完全に成功する場合でも、ヨーロッパにおける軍事行動は その犠牲が利益よりもはるかに甚大であることを、よく知っている。」などと、戦争反対の雰囲気で演説を行った。

つまり、ヒトラーが「戦争反対」的なことを言ったのは史実であるから、風刺にもジョークにもならないのだ。

実は、この大平和演説をよく吟味すると、ナチスの進出をかえって楽にする内容が含まれていたが、平和的な雰囲気の演説のためにルーズベルトのアピールに賛同したものと各国もとらえ、ヒトラーを警戒していた勢力も警戒をゆるめた。ヒトラーの思う壺で世界中を騙したのだ。ヨーロッパ諸国としばらく休戦状態を保ちたかっただけだ。

1935年にも平和演説を行っている。

そもそも、ヒトラーは「我々は戦争をするのだ」などと演説した訳ではない。この平和演説に限らず、彼は「平和」という言葉を何度も何度も繰り返した。その他「自由」も使った。それらで民衆の支持を得ていたのだ。1935年、1036年に特に「平和」という言葉を多用した。高田博行「ヒトラー演説」p.189

その後、1938年以降からヒトラーは国民の心を戦争に誘導しはじめたのだ。マスコミに対して秘密演説で表明。同書p.202

そもそもサイモン・ウィーゼンタール・センターは2013年の麻生副総理の「ナチスの手口に学んだらどうか」発言に対して「一体どんな手口をナチスから学べると言うのか」と抗議している。

同センターは、「日本人は学んでいない。やはり日本人には教育が必要だ」と言っているのだ。

2017年6月28日 (水)

もし、俺の親父のようなタイプの人間が権力持ったら・・・

私は精神的虐待を受けて育った。

父の性質は次のようなものだった。

  1. 自分の考えと異る考えの人間は「悪人」か「駄目な人」であって、絶対に認めなかった。
  2. 何か問題があると、それは必ず他人が悪い。それは一貫していた。朝から晩まで人の悪口を言い続けた。TVに向かっても罵倒し続けた。母にも「馬鹿女〜、馬鹿女〜、馬鹿女ったら馬鹿女〜」など毎日罵倒した。電気料金が思ってたより高かった、というときがあったが、「これは電力会社が不正をしている」と信じ、何度も電力会社にクレームを付け、会社が検査の機械を取り付けて「やはり漏電などはありませんよ」と説明しても「あんたらが悪さをしてることは分かっている。料金を返せ」と怒鳴るだけだった。
  3. 何かあっても「責任を取る」ということは絶対しなかった。
  4. 人に謝ることは絶対にできなかった。自分の非は絶対に認められなかった。
  5. 子供には絶対服従を暗黙のうちに要求したが、言うことがころころ変わったので服従不可能だった。高校ぐらいまでは洗脳されていたので、親には絶対服従しなければならないと思い込んでいたが、不可能だったので自分には価値がないという信念が刷り込まれていた。
  6. 「男の約束」というのをやることもあるが、それは相手が絶対に約束を破らないという意味だった。ある人と「男の約束」をして握手までかわして、30分後に破ったところを見たことがある。
  7. それでいて、自分は正義の人間だと信じていた。

親父の生い立ちが少しずつわかってくると、親父も祖父に虐待を受けていたことが分かった。(母に母の問題もあったがややこしいのでここでは書けない。)

中学生の頃だろうか。親父は自転車でプールに俺を連れて行く習慣があった。兄弟もいたのだが、他の兄弟はうまく距離をとっていたので、常に俺と親父二人だった。辛かった。途中にかなり急な長い坂道があった。とはいえバスも通る道ではあるが。行きはまだ登りなので、ひたすら頑張って登るのだが、帰りの下りが問題だった。父は自転車でノーブレーキで下まで滑走するのが快感で大好きだった。そして俺にもそれをやるように無言で強制した。これは怖かったのでどうしても父より遅れた。自動車道である、さらに坂道の下は二股に分かれていた。つまり、自動車がわんさか通る道に坂の上から自転車が2台時間差でノーブレーキで斜めに突っ切ることになる。下手したら事故を起こして死ぬかもしれないし、もっと悪いことに他人を死なせたかもしれない。幸運なことにそうはならなかったが。
ある日、それをやっていたら白バイが付いてきて俺に注意した。父は既に先に降りていたので白バイは気づかなかったらしい。親父は戻ってきて俺を怒鳴りつけた。

まあ、手のひら返しは日常だ。

家は地獄だった。しかし、それでも被害が家庭内ですんだのは、父に「権力」がなかったからだ。もし、父に権力があったら、特に総理とかになったら大変なことになる。

この予想が外れればよいが。

2017年3月30日 (木)

ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」を読んでみた−番外−非暴力行動198の方法

非暴力行動198の方法

本編

ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」

非暴力不服従抵抗の方法リスト。もちろん、これらは単なる例なので、これらをヒントに更にいろいろ考えられるだろう。

非暴力不服従抵抗の原理: 独裁政権は被支配者の生き血を吸わないと生きていけない。だから、服従や協力を可能な限り拒むことで飢えさせる。

注意: このリストには非合法の方法も含まれています。注意しなければならないのは、独裁体制下での抵抗方法であるということです。民主主義国でも合法=善、違法=悪と言い切れない場合がありますが、独裁体制では「邪悪な法律」も沢山あります。また、建前上は権力者も守らなければならない法があっても権力者は無視したり、同じ法でも裁判所や警察などが一般庶民には厳しく権力者には甘く(あるいは完全に見過ごす)のは当たり前の社会での闘争であることを考慮しなければいけません。闘争は道徳の話ではありません。当然命がけですし仲間に裏切られることなど日常茶飯事の状況でどうするか?の話です。とはいえ、非合法の方法は弾圧の口実に利用されやすいので合法のやり方をできる限り使った方がいいでしょうが(道徳の問題ではなく戦略的に)。

  • 非暴力は「安全に」の意味ではない。暴力は逆効果になるから非暴力を選択するだけで、リスクは当然ある。つまり「犠牲者」も出る。
  • 非暴力は「道徳的に」の意味ではない。そもそも独裁政権では法律が必ずしも正義とは限らない社会でどう抵抗するかの戦略の問題。
  • これらのやり方を闇雲にやってうまくいくわけではなく、全体計画や戦略をたて、状況に合わせて臨機応変に対応する知恵が要求される。ただ、非暴力と言ってもこれだけ沢山の方法がある、と知ることは大事。

非暴力抵抗と説得の方法

形式的声明の方法

  1. 公共の場で演説する
  2. 反対意見や支援を示す手紙を送る
  3. 組織や機関による宣言を行う
  4. 署名入りの公共声明を出す
  5. 告発や決意を宣言する
  6. グループや大衆による嘆願を出す

幅広い人々とのコミュニケーション手段

  1. スローガン、風刺画、シンボル
  2. 旗、ポスター、プラカード
  3. チラシ、パンフレット、本
  4. 新聞、刊行物
  5. レコード、ラジオ、テレビ
  6. 空中文字、地上文字

グループによる主張の方法

  1. 代表団を設置する
  2. 模擬的な賞を授与する
  3. グループによるロビー活動を行う
  4. ピケを張る(重要な場所に行って、歩きまわったり座り込んだりして、監視する)
  5. 模擬的な選挙を実施する(合法的な選挙が認められていない場合に、独自に直接選挙や訪問による票回収などの方法で違法な選挙を行う)

象徴的な公然行動の方法

  1. 旗や象徴的な色を掲げる
  2. シンボルを身に付ける
  3. 礼 や礼拝を行う
  4. 象徴的なモノを届ける
  5. 抵抗のための脱衣行動を起こす
  6. 自身の所有物を破壊する
  7. 象徴的な明かりを掲げる
  8. 肖像画を提示する
  9. 抗議のためにペンキを塗布する(肖像画や看板にいたずら描きをしたり、塗りつぶす)
  10. 新しい標識や名前を掲げる(道路や駅名などの標識を撤去したり、異なった名前をつけるなど)
  11. 象徴的な音を鳴らす
  12. 土地や領土の象徴的な返還要求行動を起こす(重要な意味を持つ土地に木を植えたり、建物をたてるなど)
  13. 無礼な身振りをする

個人に対して圧力をかける方法

  1. 役人に"つきまとう"
  2. 役人をなじる
  3. 馴れ馴れしくする(主に兵士や警察を相手に、親しげに振る舞って、こちら側の影響力を直接的、間接的に与える)
  4. 寝ずの座り込みをする

演劇と音楽

  1. ユーモラスな寸劇やいたずらを行う。
  2. 演劇や音楽会を上演する。
  3. 歌を歌う

行進を利用する方法

  1. 行進をする。
  2. パレードを行う。
  3. 宗教的な行列を実施する。
  4. 巡礼する。
  5. 車によるパレードを行う。

死者を讃える方法

  1. 政治的追悼式を催す。
  2. 模擬的な葬儀を行う。
  3. 示威的な葬儀を行う。
  4. 墓参りをする。

公の集会行動

  1. 抗議や支援の集会を開く。
  2. 抗議会合を持つ。
  3. 偽装した抗議会合を開く。
  4. 討議会を開く。

撤退と放棄の方法

  1. 退室する。
  2. 沈黙する。
  3. 勲章を放棄する。
  4. 背中を向ける。(文字通り身体的に背中を向けて沈黙する。)

社会的非協力の方法

人を排斥する方法

  1. 社会的にボイコットする。
  2. 選択的な社会的ボイコットを行う。
  3. セックス・ストライキを行う。(好戦的な夫に対して、妻たちがセックスを拒否すること)。
  4. 破門する。
  5. 聖務禁止令を出す。(宗派のトップが、特定の地区での祭事の禁止を命ずること。)

社会的行事、慣習、機関への非協力の方法

  1. 社会活動やスポーツ活動を停止する。
  2. 社会的行事をボイコットする。
  3. 学生ストライキを行う。
  4. 社会的不服従を行う。
  5. 社会的機関から脱退する。

社会制度からの撤退の方法

  1. 自宅待機する。
  2. 完全な個人的非協力を行う。
  3. 労働闘争を行う。
  4. 避難所を設ける。
  5. 集団失踪する。
  6. 抵抗の逃避行(ヒジュラ)を行う。

経済的非協力の方法:(1)経済ボイコット

消費者による行動の方法

  1. 消費者によるボイコットを起こす。
  2. ボイコット製品の非消費運動を起こす。
  3. 耐乏生活に入る。
  4. 家賃不払いを起こす。
  5. 賃貸拒否をする。
  6. 全国的消費者によるボイコットを起こす。
  7. 海外の消費者によるボイコットを起こす。

労働者や生産者による行動の方法

  1. 工員によるボイコットを起こす。
  2. 生産者によるボイコットを行う。

中継ぎによる行動の方法

  1. 原料提供者や仲買人によるボイコットを起こす。

オーナーや経営陣による行動の方法

  1. 売買業者によるボイコットを起こす。
  2. 土地の賃貸や販売を拒否する。
  3. 閉鎖する。
  4. 産業支援を拒否する。
  5. 商人による”全体ストライキ(ゼネスト)”を起こす。

財政源の所有者による行動の方法

  1. 預貯金を引き出す。
  2. 料金、会費、税金の支払いを拒否する。
  3. 負債や金利の支払いを拒否する。
  4. 財源や信用金を遮断する。
  5. 政府への支払いを拒否する。
  6. 政府紙幣を拒否する。

政府による行動(支配的な独裁権力と別に政府が存在する場合)

  1. 国内通商を禁止する。
  2. 業者をブラックリスト化する。
  3. 海外販売業者との取引を禁止する。
  4. 海外買受業者との取引を禁止する。
  5. 国際貿易を禁止する。

経済的非協力の方法:(2)ストライキ

象徴的なストライキの方法

  1. 抗議のストライキを起こす。
  2. 急に退席する(稲妻ストライキ)。

農業ストライキの方法

  1. 農民によるストライキを起こす。
  2. 農場労働者によるストライキを起こす。

特殊グループによるストライキの方法

  1. 押し付け労働を拒否する。
  2. 囚人によるストライキを起こす。
  3. 同業組合によるストライキを起こす。
  4. 専門職によるストライキを起こす。

通常の産業ストライキの方法

  1. 機関によるストライキを起こす。
  2. 業界でのストライキを起こす。
  3. 同情ストライキを起こす。(他の作業員の苦境を解決するためのストライキのこと)。

限定的ストライキの方法

  1. 細分ストライキを起こす。(職場から作業員が一人ずつ去っていく形のストライキ。)
  2. バンパー・ストライキを起こす。(ある業界の中で、会社ごとストライキに入っていく方法。)
  3. 減産ストライキを起こす。
  4. 順法ストライキを起こす。
  5. 仮病を使って休む。
  6. 辞職によるストライキを起こす。
  7. 限定的ストライキを起こす。(特定の時間帯に作業しないことで行われるストライキ。時限スト。)
  8. 選択的ストライキを起こす。(特定の作業だけを行わないストライキ。)

複合的産業ストライキ

  1. 一般的ストライキを起こす。(過半数の作業員は仕事を続けるストライキ。部分スト。)
  2. 全体ストライキ(ゼネスト)を起こす。

ストライキと経済封鎖を組み合わせた方法

  1. 同盟休業をする。
  2. 経済封鎖をする。

政治的非協力の方法

権力に対する拒絶の方法

  1. 忠誠を保留、あるいは撤回する。
  2. 公的援助を拒否する。
  3. 抗議を唱える文書公開や演説を行う。

市民による政府への非協力の方法

  1. 立法機関をボイコットする。
  2. 選挙をボイコットする。
  3. 政府による雇用や就職をボイコットする。
  4. 政府の省、機関,その他の組織をボイコットする。
  5. 政府の教育方針から退学する。
  6. 政府支援を受ける組織をボイコットする。
  7. 執行機関への協力をボイコットする。
  8. 自身の標識や表札を撤去する。
  9. 役人指名の受託を拒否する。
  10. 既存機関の解散を拒否する。

市民による服従に代わる方法

  1. 不承不承と緩慢に従う。
  2. 直接的な指示不在の下で非服従を行う。
  3. 民衆規模での非服従を行う。
  4. 偽装的な非服従を行う。
  5. 集会や会合解散を拒否する。
  6. 座り込みを行う。
  7. 徴兵や国外追放に対して非協力になる。
  8. 潜伏や逃避をし、偽りの身分を名乗る。
  9. "非合法的"な法律に対して市民的不服従を起こす。

政府職員による行動の方法

  1. 政府職員による支援を選択的に拒否する。
  2. 指令や情報系統を遮断する。
  3. 足止めや障害を起こす。
  4. 事務業務全体での非協力を起こす。
  5. 司法関係者による非協力を起こす。
  6. 警察関係者による意図的非効率と選択的非協力を起こす。
  7. 上官に対する暴動を起こす。

政府による国内行動の方法

  1. 擬似合法的な回避や遅延を起こす。
  2. 地方政府による非協力を起こす。

他国の政府による行動の方法

  1. 外交や他の代表を変更する。
  2. 外交行事を遅延する、あるいは取り止める。
  3. 外交交渉を保留する。
  4. 外交関係を断絶する。
  5. 国際機関から脱退する。
  6. 国際機関への入会を拒否する。
  7. 国際機関からの除名を受ける。

非暴力的介入の方法

心理的介入の方法

  1. 自らをその要素に晒す。(火や灼熱の太陽など、身体的、心理的に極限状態に陥るような状況に身を置くこと。)
  2. 断食する。
    1. 道徳的圧力をかけるための断食。
    2. ハンガー・ストライキ。
    3. サティーヤグラハ的(非暴力行動としての)断食。
  3. 逆提訴する。
  4. 非暴力的ないやがらせをする。

物理的介入

  1. 座り込みを行う。
  2. 立ち尽くしをする。
  3. 無許可乗車をする。
  4. 無許可の水中侵入をする。(入場が禁止されている海や池に入る。)
  5. 歩き回りをする。
  6. 無許可で祈祷をする。
  7. 非暴力的急襲をかける。
  8. 非暴力的空襲をかける。
  9. 非暴力的侵入をする。
  10. 非暴力的な介入を行う。
  11. 非暴力的な妨害をする。
  12. 非暴力的な占拠をする。

社会的介入

  1. 新しい社会的パターンを構築する。
  2. 機関の作業を過剰負担にする。
  3. 業務を停滞させる。
  4. 集会で介入演説をする。
  5. ゲリラ演劇を上演する。
  6. 別の社会的機関をつくる。
  7. 別の通信システムをつくる。

経済的介入の方法

  1. 逆ストライキを起こす。(必要以上に働いて、従業時間や生産量をオーバーさせること。)
  2. 居座りストライキをする。(職場には来るが、作業は行わないストライキ。目的が達成されるまで続けられる。)
  3. 非暴力的に土地の差し押さえをする。
  4. 封鎖を無視する。
  5. 政治的動機による偽造を行う。
  6. 妨害的な買い占めを行う。
  7. 資産を差し押さえる。
  8. 投げ売りをする。
  9. 選択的に後援する。
  10. 別の市場をつくる。
  11. 別の交通システムをつくる。
  12. 別の経済機関をつくる。

政治的介入の方法

  1. 行政機関を過剰負担にする。
  2. 秘密警察の身分を暴く。
  3. 拘束を求める。
  4. "中立的"法律への市民的な不服従を行う。(独裁政権が提示する一見中立に見える法律を受け入れないこと。)
  5. 非協力の下に仕事を続行する。
  6. 二重統治や並行政府を打ち立てる。

2016年12月10日 (土)

法学ド素人が自民党憲法改正草案に駄目出しする-その前に

自民党は憲法改正をすると言う。

 

自民党憲法改正草案をそのまま現行憲法に置き換えるとは言っていない。が、草案を撤回もしていない。

 

今年の参院選で改憲推進派が2/3を取ったということは、国民は改憲を認めたことになる。

 

で、まず、自民党はどうやら憲法を「序文から何から全部書き換える」つもりのようだ。

 

これを「おかしい」と思わないだろうか?

 

他の国は改憲を何度もやってるのに日本は改憲をしてないから、などという理由で改憲を考えるってのもおかしいが、戦後70年改憲していなかった日本が、国の根幹の憲法を全面書き直しなどしたら、

 

どう考えても、日本は大混乱するだろう?

 

すべての法律は憲法と密接な関係にあるし、裁判所の裁判の仕方、その他、あらゆる制度、機関も大影響を受ける。

安全保障環境が変わったから? つまり外敵が考えられ、日本がこのままでは危険だから?

本当に危険があるなら、憲法全面改定などして日本が混乱したら、それこそその隙を突かれて日本はやられてしまう。当然、改憲なしで何とかするとか、改憲が必要だったとしても必要最小限度にしなければいけない。愚策もいいところだ。

それに、国民に相談もなしに政府が全面改正の憲法改正案を出してきたのに、国民の多くが内容を録に確かめもせずに「おまかせ」でやらせる、というのは民主主義国では到底考えられない話だ。

何のために憲法があるのか?が分かっていないということだ。

憲法って、公権力から国民の人権を守るために公権力を縛るものですよ? あなたの人権危ないよ?

ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」を読んでみた(6) 独裁政権にも弱みがある

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ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」

第4章 独裁政権にも弱みがある

独裁政権は普通不死身に見えるものだ。対して、民主化勢力はあまりにか弱く見える。

しかし、独裁政権にもアキレス腱がある。

アキレス腱はどこか

アキレスの物語は非人道的な独裁政権にも当てはまる。打倒も可能だが、それは体制の弱点が洗い出され、そこを集中的に攻撃した場合。

独裁政権の弱み

  1. 体制を運営するのに必要な民衆やグループ、機関による協力が、少なくなったり、なくなったりすることがある
  2. 政権が過去の政策で決めたことが、それと相反する現政策を採択し実践する能力を多少なりとも制限してしまうことがある。
  3. 体制運営がルーティーン化し、新しい状況に迅速に対応できなくなることがある。
  4. 既存の任務に配置されている人員や資源が、新しい目的のためには簡単に利用できないことがある。
  5. 上司の機嫌を損ねるのを怖れる部下が、独裁者が決断を下すのに必要な情報を曲げて報告する、またはまったく報告しないことがある。
  6. イデオロギーが損なわれ、体制の神秘性や象徴性が不安定になることがある。
  7. 現実への視点をゆがめる程の強いイデオロギーがある場合、それに執着しすぎて、実際の状況や必要性へ十分な注意が行き届かないことがある。
  8. 官僚組織の効率性や能力が低下したり、過剰な管理や規制があると、体制の政策や運営から効率を奪うかもしれない。
  9. 機関内部での争いや個人間の競争や敵対が、独裁政権の運営に害を与え、分裂させることがある。
  10. 知識人や学生が、現状や制約、教条、抑圧に対して不満を持つようになることがある。
  11. 一般民衆が、時がたつにつれ、政権に対して無関心になったり懐疑的になったり、あるいは敵意を持つことがある。
  12. 地域間、階級間、文化間、あるいは国家間の違いが深刻になることがある。
  13. 独裁政権内の権力ヒエアルキーは、常に幾分不安定だが、ときにそれが顕著になることがある
  14. れっきとした独裁者の意に反することでも、警察や軍の一部が自らの目的のためにクーデターを含む行動を起こすことがある。
  15. 確立直後の独裁政権の場合は、安定するまで時間がかかる。
  16. 独裁体制においては、意思決定にかかわるのが小数なため、判断や政策、行動において間違えやすい。
  17. 上の危険を防ごうと、政権が管理と意思決定を分散させれば、中央集権化された力のテコがさらに弱体化することがある。

独裁政権の弱みを攻撃する

ヒトラーの命令さえ、時には無視された

とはいえ、リスクや犠牲なしに打倒できるわけではない。

それでも、相手の弱点に集中すれば成功の可能性は高まる。

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2016年10月13日 (木)

ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」を読んでみた(5) 交渉の危険

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ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」

第2章 交渉に潜む危険性

考察

ぶっちゃけ、独裁政権と交渉しようなどという期待は持たないことだな!

せいぜい、独裁者が「海外逃亡まで命を取らないでくれ」と言ったときぐらいに考慮する話ってことだ。

独裁政権は強大だから、と受け身になって「妥協」「調停」「交渉」に希望を持つ人々はどうしても出る。

「分別をもって話し合ったら?」「独裁者にも人間性を理解する感覚はあるだろう」「独裁者がよかれと思ってしたことを勘違いしたのでは?」「独裁者にとっても利益のある提案をしたらどうだ?」「「他に選択肢はない」などなど。

何故、独裁体制に闘争を挑むなどということをしなければならないのか?

交渉することの長所と短所

交渉が有効な場合:「妥協」があって良い場合。賃金値上げのためのストライキなどでは双方歩み寄りのための交渉は大変重要な手段。

交渉によって満足な解決策が得られない場合:宗教的原理、人間の自由、未来永劫にわたる社会的発展などの根源的・基本的な問題の場合(「妥協」があってはならない場合)。

このような基本的問題をまともに採り上げられるのは、民主化勢力側に力がシフトしたときだけ。このシフトを起こせるのは交渉ではなく闘争。

交渉すべきではない、という意味ではなく、強い反体制側の民主化勢力が欠落している状況では独裁政権を追放する手段として交渉は現実的ではない

交渉不可能な場合もある: 独裁者側が拒む、交渉開始後に民主化勢力のリーダーが行方不明になる、等。

降伏は交渉によって得られるか?

長年の闘いでも解決がつかなかったり、味方の被害が大きすぎるなど、どうしても民主化勢力内では交渉を試みる強い誘惑が出るものである。

独裁政権側が交渉の場で「平和」を提供しようと言い出すときは、もちろん不誠実なもの!

独裁者は反体制側が闘争をやめれば自分たちの暴力を止めると言うだろう。「和解」を装って民主化勢力を交渉によって降参させようとするだろう。

これらは魅力的だが、非常な危険がある

また、反体制側が例外的に強力の場合、独裁政権側が自分を守ろうと交渉を求めることもある。しかし、どの場合でも独裁者側の目的遂行には断固手を貸してはならない!

政治的自由の闘争で「交渉」が呼びかけられた場合、そこにはが待ち受けていることを決して忘れてはならない。

独裁政権側が交渉を言うのは、民主化勢力を手懐けて降伏を引き出し、非人道的な行為を続ける企みである。

こういう問題で交渉が役に立つのは、せいぜい、果敢な闘争が終わり、独裁者が完全に弱体化して海外逃亡するときに、空港まで個人的安全を求めるときぐらいのもの。

交渉における力と正義

「交渉」というものはどんなものか、明確に思考しなければならない。

交渉とは、双方が平等という前提の元に、同じテーブルについて対立を産んだ互いの相違点を解決するものではない

  • 交渉で到達する最終合意は、双方の意見を照らしあわせた上での公正さから来るものではない
  • 交渉で得られる合意は、双方の力関係に大きく左右される。

交渉で相手が合意しなかった場合どうするか? また、交渉の合意の約束を相手が破った場合どうするか? 相手が力づくで約束と違うことを押し付けた場合は?

交渉における和解は、何が正しくて何が間違っているか?で決まるものではない。双方の絶対的、相対的な力関係をどう評価するかで決まる。

また、交渉による歩み寄りに際しては、双方が何を放棄する気があるのか、も考えんければならない。

しかし、極端な独裁政権下の民衆が歩み寄れるもの、放棄できるものはあるか?

仮に交渉でもっとうまく合意が得られたとしても、その結果の平和はいったいどんなものか?それは闘争を始めたときよりましになっているか、悪化するか?

「合意を取り繕う」独裁者たち

独裁者の欲しいものは様々だが、彼らが統治をあきらめたら彼らの欲しいものは残らない。従って、絶対に統治の手をわずかでも緩めようとする筈がない。

つまり、交渉の場で独裁者が何を約束しようとも、降伏を引き寄せた後、独裁者は約束をあっさり破る!

民主化勢力が、一時的に抑圧を弱めてもらうかわりに抵抗運動を中止する、と決めた場合、約束は守られない。抵抗運動を中止して抑圧が止むことはない! むしろ一掃弾圧を過酷なものにしさえする。

根源的な問題が争点となっている場合は、変化は和解交渉ではなく抵抗によってもたらされる。

独裁者を追放するためには、抵抗を必ず継続しなければならない

成功のためには、和解交渉ではなく、どれだけ強い抵抗手段を賢く使いこなせるか?にかかっている。

自由のために闘う方法では、政治的、および非暴力闘争がもっとも強力な方法である、というのがこの本の主題である。

どんな平和か?

民主化勢力と独裁政権が「平和」について話し合うときは、明瞭な思考が必要となる。非常な危険があるからだ。

民主化勢力の考える平和と独裁者が言う平和は違う。

ヒトラーも「平和」をたびたび口にしたが、その言葉の意味は、彼の望むことに人々を降伏させることだった。独裁者の言う平和は、大抵牢獄や墓場での平和にすぎない。

それ以外の危険: よい意図で交渉を始めたとして、プロセスが混乱して、ひょんなことから独裁者に国内外での「合法性」を与えてしまうことがある。独裁者は合法性を切望する。独裁者に合法性は決して与えてはならない

希望がある理由

民主化闘争に希望を失って交渉を選ぶしかない、とあきらめる気になることはあることだが、あきらめる必要はない。

民衆が弱いままでいる必要はない。独裁政権も脆弱なものであり、弱点を拡大することは可能。

また、独裁体制が非暴力抵抗によって比較的短期間で崩壊することもよくある。

暴力的方法がはやく、非暴力的方法が遅い、という規則はない。

平和と自由を獲得するには、政治的抵抗という方法がある。

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2016年8月 4日 (木)

ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」を読んでみた(4)

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ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」

第3章 からはじめたので、第1章からあらためて読みます。

第1章の中心的なテーマは、「独裁体制に暴力で対抗することは正しいか?」これは道徳とか合法性の問題でなく、現実の効果などの話である。そして、それは危険であり、逆効果の可能性が非常に高いことを述べている。また、選挙外国からの援助に頼るのもよくない。

考察:

日本人の多くの人々が非暴力という言葉を「暴力はいけません」等の道徳的意味とか「法律違反はいけない」というような情緒的な意味合いでしか受け取っていないことに非常に危機感を覚える。非暴力不服従非協力、というのは抵抗運動の現実的な効果や仕組みがあるのだ。そして、それは非常に強力な精神力が必要である。生半可なものではない。

第1章 独裁体制に直面することの現実

近年、様々な独裁体制が民衆の運動によって弱められたり、時には崩壊している。
独裁体制はあまりにも巨大で難攻不落に見えるが、民衆が一致団結して政治的・経済的・社会的な抵抗を行った場合、体制を支えきれなくなることがある。

  • もちろん、独裁体制が倒れたからといって、悲惨な沢山の問題が解決するわけではない。しかし、独裁体制による苦しみからの軽減はある。

困難は続く

他方、いまだに独裁体制に苦しんでいるところが多数ある。何十年、何百年の抵抗でもまだ抑圧に耐えている国は多い。

  • 民衆は権威者・統治者に無条件に服従するよう長年調教されてしまっている。
  • 極端な場合は、統治者の管轄外のグループや機関は完全に骨抜きにされ、支配され、乗っ取られる。
  • 国民は分断化、原子化(孤立した個人にされてしまう)され、自由を勝ち取る活動や、国民同士の互いの信頼もできなくなり、自分たちの主導で何かを成し遂げることもできなくなる。
  • 国民は弱体化し、自信を失い、抵抗を考えることすらできなくなる。家族や友人との間でさえ自由への渇望や独裁体制への嫌悪をわかちあうこともできなくなる
  • 過去にはまだ、抵抗する人々もいたであろうが、結果はかえってより苦しみをもたらすことが多く、現在はより悲惨な状態かもしれない。民衆の恐怖感と従順癖を克服できなかったからだ。

民衆の順癖と恐怖感を克服することが、独裁体制を打倒するための前提条件であるにも関わらず。

暴力を通して自由は得られるか?

どうしたらいい?

いくら正当性を訴えても、憲法、法律上の違法性、司法の判決、世論などはたいてい独裁者に単純に無視される。

そうなると、独裁政権の残虐行為に怒る人々は暴力的な方法を使うしかない、と人々が結論するのは自然なことである。しかし、実際の結果は期待と正反対のことになる。

どんな形であれ、暴力的な反撃は独裁体制にとってもっとも有利な闘いを選んでしまった、ことになる。

考察:

要するに、暴力を使った抵抗は独裁体制の土俵に自ら登ってしまうことだ、とも言えるだろう。何度も強調しなければいけないのは、これは道徳や合法性の問題ではない、ということだ。(勿論、違法な手段を使うと独裁体制に弾圧の口実を与えるのでよくないとは言えるが)。

  1. 暴力について言えば、独裁者の方が圧倒的かつ桁違いに大きな戦力を持っている。まず勝ち目はない
  2. 軍事的反抗が非現実的だと分かると、ゲリラ活動に活路を見出そうとする場合も多い。しかし、やはり戦力の差などが大きすぎ、長期化し犠牲者も増え、新たな苦痛が生まれるだけで、どういう意味でも良い方法ではない。
  3. 仮にゲリラ活動で勝利を収めたとしても、民主化に必要な独立した機関その他を弱体化解体化し中央集権的にして、反対制行動のリーダーがより残忍な独裁者になることも多い。

考察:

当然のことながら、暴力革命など暴力を使った反抗が失敗すれば、独裁体制はそれを名目として更なる残酷な弾圧や抑圧を強めることになる。その意味でも、暴力的な方法は逆効果になる。

従って、別の方法を考えなければならない。

クーデター、選挙、あるいは国外からの救世主

  • Q. 軍事的クーデターで対抗するのはどうか? これなら短期間で効果的ではないか?ーーA.深刻な欠点がある。最大の欠点は、独裁体制の権力構造を温存してしまうこと。つまり、独裁体制の統治構造は同じなままなので、たとえ勝ったとしてもクーデターのリーダーがより残酷な独裁者に変わってしまうことが多い。人が変わるだけ。
  • Q. 選挙で独裁者を追い出せないか? −−A. 不可能だ。選挙そのものが独裁体制の思惑通りの結果になるように不正操作されるだけのこと。万が一選挙で反対制側が勝っても、独裁者に単に無視されたり、抹殺されるだけ。独裁者は自分の立場を危うくする選挙などに興味はない。利用できるときに利用するだけ。

独裁体制から何とか逃げ出した亡命者たちは、自分たちの力で独裁体制を何とかできるなどとはまったく信じることができない。そこで、国際的な援助のみが独裁体制を崩す方法だと信じるようになる。

期待する外部の力: 国際的世論、国連、特定の国家、海外からの経済的・政治的制裁など。

慰めにはなっても、現実は非情である。

独裁体制下での民衆は、残酷な独裁者に対抗する力が自分たちにあると信じることがほとんどできない。また自らを救う手筈の持ち合わせもない。当然、闘う気力も持てない。だから、解放の力を外部に求めるのも無理はない。しかし・・・

外部からの「救世主」に頼ることの危険

外部の救世主に頼ることは完全な間違いかもしれない。大抵の場合、海外からの救世主は現れない。もし他国からの介入があったとしても信頼すべきではない

他国の介入を信頼した場合の危険性:

  • 他国はその他国の利益のために、独裁政権を黙認したり、更には積極的に支持する場合がある。
  • 他国はその他国の利益など他の目的のために、「自由化してあげる」という約束を反故にして、民衆を売り渡すかもしれない。
  • 他国は、単にその国の支配利益などのためだけに独裁体制に歯向かうことがある。民衆のためではない。
  • ただし、他国は、国内の抵抗運動が独裁体制を揺るがしたり、その兆しが見えた場合には、前向きな介入をすることもある。政権の残忍な性格に海外が注目を集めるのを意識して、はじめて介入するもの。

独裁体制が存続する理由は、国内での権力配分にある: 民衆は弱い立場で、富と権力は僅かな勢力の手の内にある。海外からの介入で一時的に揺らぐこともあり得るが、国内の構造が原因である限り内因を変えない限り存続するもの。

国際的な圧力が常に役に立たないわけではない。

国内での抵抗運動がある場合には、国際的な圧力は非情に効果があることが多い。

国際的な経済ボイコット、通商停止、国際的組織からの追放、国連関連組織による非難などなどは大きな力になる。ただし、国内に強力な抵抗運動がないとそういう動きが起こることは考えにくい

厳しい現実を直視する

現実は甘くない。独裁体制から逃れたいのならば、最低限次の任務に取り組む必要がある。

  1. 抑圧された民衆自身の意思や自信、抵抗技能を強化する。
  2. 抑圧された民衆が関わる独立した社会グループや機関を強化する。
  3. 国内での強力な抵抗勢力を築く。
  4. 解放のための全体戦略計画を練り、それをうまく実行する。

 

 強力で自助的な勢力が賢明な戦略を手に、修練された勇敢な行動を起こし、純粋な力をもって向きあえば、独裁体制は崩壊する。ただし、最低限上記の4項目は必須である。

 

独裁体制からの自由化は、究極的には人びとが自らを解放できる能力にかかっている。

 

ただし、その詳細に入る前に、「独裁体制との交渉」という手段の効果について吟味しなければならない。これは重要である。

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2016年7月26日 (火)

ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」を読んでみた(3)

ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」

第3章 政治的力は何に由来するか

民主的な力の中心

民主的社会は国家から独立した非政治グループや機関が多数存在する。例えば、

  • 家族
  • 宗教組織
  • 文化的協会
  • スポーツ・クラブ
  • 経済機関
  • 労働組合
  • 学生協会
  • 政党
  • 町会
  • 園芸クラブ
  • 人権組織
  • 音楽グループ
  • 文学協会

などなど。これらは、社会の重要な要素である。独自の目的があり社会の需要を満たしている。また政治的にも重要である。

このようなグループや機関が、独裁者に掌握されていればいるほど民衆は無力となる。

反対に、独立した(政府の管轄外の)こういったグループ・機関の自立性と自由が保たれ(or 回復され)れば、政治的抵抗の重要な基盤となる。

また、これらは、独裁体制崩壊後は民主的社会を営む際の構造的基盤となる。

独裁体制が、このようなグループを掌握している場合、抵抗勢力は新しい独立した社会グループを作るか、生き残ってる組織や部分的に支配されてる組織・グループに対して民主的な支配を取り戻すことは非常に重要な課題となる。

これらは歴史的に実際に何度も起こったことなので実行可能である(もちろん、たやすくできるわけではなく、独裁政権も取り戻そうとする。犠牲者が出ることも覚悟しなければならない)。

私の考察:

つまり、こういった独立した社会グループ、組織、機関、は独裁政権が生き血を吸う手段(あるいは生き血そのもの)であって、これらを抵抗勢力が取り戻せばその分独裁体制は飢えるということだ。

民主的力の源を考察することの結論: 独裁政権を意図的に崩壊させることは可能である

特に、独裁政権は、巧みに展開された政治的抵抗にはかなり傷つきやすい、という性質がある。

巧みに展開、という意味は後の章で示される。

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2016年7月14日 (木)

ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」を読んでみた(2)


ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」

第3章 政治的力は何に由来するのか?

政治的力を成り立たせているもの

より続き。

全体主義的な独裁体制は、それが支配する民衆と社会に依存している。

政治学者のカール・ドイッチの1953年の記述より孫引用:

独裁体制の権力が強力でいられるのは、それがあまり頻繁に行使されないときに限られる。もし、その権力が民衆全体に対して常に行使されなければならないと、確固たる力を長期的にわたって保つことはできない。独裁政権は、他の形態の政府と比べて、対象を治めるのにより多くの力を必要とするため、政権は民衆の間に頼るに十分な服従的習慣が広まることを大いに必要とする。そしてそれは、有事の際にそれなりの数の民衆が積極的に支持してくれると見込めるよりも重要なものである。

俺の感想:

要するに、独裁政権は支配している民衆の生き血を吸わないと生きていられないのだから、民衆の服従が必要だ、ということかな?
そして、民衆が(犠牲を恐れず)協力をやめる決意をすれば(生き血を吸われることを拒否すれば)政権は弱体化するということか?

政権が政府の力をどの程度まで保てるか?

  1. 政府の力に歯止めをかけようとする民衆の要望の度合い。
  2. 被統治者の独立的組織や独立的機関が、力の源となっているものを一斉に撤退させられる統率力の度合い。
  3. 大衆が、政府への同意や援助を保留できる能力の度合い。